「Your Heads Only」
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セル・オートマトン、チューリングマシン
元ネタは“読後焼却すべし”("For Your Eyes Only")。(「What is the Name of This Rose?」)
「ドルトンの印象法則」と実はよく似ている作品
ドルトンは文章の“印象”に関する話
印象は読書の前後で保存されており、我々が“文章の印象が変化した”と思うのは、実は我々が変化したから印象が変化したように感じるのだ、という話
一方、本作は読むごとに9つの断章をそれぞれ段々好きになっていくべき話
エピグラフ
南宋の僧侶,無門慧開による『無門関』に収められた48の公案のうち,最初の「狗子仏性」をもじったもの.
西村恵信訳注『無門関』岩波文庫
1999
p.136, l.6-9「その断章が笑えるものであったなら,一を記す.〜」
本作を読み進めるためのルール.テクストがそう読まれることを望んでいるということで,実際に手を動かして読み進めるべきだ.
テクスト自身がそのテクストを読むためのルールを指定してくるテクストとして,フリオ・コルタサル『石蹴り遊び』が挙げられる.
p.137, l.6「私はそんな種類の兵器ではない.」
ここでは,何度読んでも同じ情動を引き起こさせる文字列を“兵器”と表現しているものと推察される.読書とはテクストと読者の相互作用によって記述され,その相互作用によって読者は不可逆に変化する.たとえ同じテクストを再び読んだとしても,読者は既に相互作用によって変化しているので,読者が同じ感想を得るかどうかは不明である.逆に,何度読んでも同じ情動を引き起こさせる文字列があるとすれば,それは確かに何らかの兵器である,という感が強い.
ここで,円城塔作品が常々「わからない」というお決まりの評価を下されていることを考えると,どの作品を何度読んでも「わからない」と評価されてしまう円城塔の作品は,一種の兵器であると言えるのではないか.
読書をテクストと読者の相互作用で記述しようという姿勢は,「Boy's Surface」「ドルトンの印象法則」で扱われる主題である
宮本輝は,2011年上半期の芥川賞選考会において,「これはペンです」をこのように評している.「私は、書き出しのたったの十ページを読んだだけで眠くなり、全篇読了は難行苦行だった。要するに、つまらなかったのだ。」島田雅彦は,2011年下半期の芥川賞選考会において,「道化師の蝶」をについてこのように述べている.「二回読んで、二回とも眠くなるなら、睡眠薬の代わりにもなる。」
島田雅彦の論は明らかに回を跨いだ宮本輝への反論であり,しかも本作が睡眠薬代わりとなる一種の兵器であると述べているように捉えられる.ただし,宮本,島田の論はいずれも本作発表後のものであることに注意せよ.
「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」の「涙方程式始末」に登場する,目にするだけで涙を流してしまう涙多様体もこの兵器の一種であろう.
p.139, l.1「ルール90」
1次元3近傍セルオートマトンのルール90のこと.後続のルール90に関する説明はいずれも正しい.
(ルール90の定義)
p.139, l.4-5「今でも彼らにルール90と話しかけると,自然と何かが笑み零れてくる.」
「ルール90」という言葉が,一部の人間に対しては兵器として作用することを述べている.確証はないが,概ね事実である.私自身,ルール90と言われたら,少なくとも嫌な気持ちにはならないし,生成されるシェルピンスキーのギャスケットを想像してしまって自然と面白く思われてしまう.
p.139, l.14-16「日本語としては〜」
日常語とはまったく異なる、不思議な語感をもつ言葉を日常的に操る人間は確かに存在していて、普通に日常生活を送っている。既にお気づきの通り,あなたはその奇妙な日本語が用いられて文章を読んでいる.
確かに存在しているのだが,透明化されて社会にはいないことになっているいわゆる理系(数学が得意であるような人間,あるいは数学が苦手ではない人間と言い換えてもよい)に関する話題は,のちのち『土人形と動死体』で主題として扱われる.
p.140, l.2-3「私とそんな人々は,敵対関係と呼ばれる状況へと吹き寄せられつつあるのだが,」
“私”を円城塔と仮定すれば,これは円城塔が小説家としてのキャリアを確立しつつあることを述べている.小説家およびその生成物である小説はいわゆる文系の領分であり,これはいわゆる理系とは相反するもので,しかも敵対するものと考えられている.このことを茶化した記述だろう.
p.140, l.14「ルール110」
p.141, l.1-3「非道く当たり前のことではあるのだが,〜」
先述の,相互作用としての読書と,同じ感想を何度も得る事ができるだろうか,という議論そのもの.
「ドルトンの印象法則」
p.141, l.10-11「世の中にはいわゆる叙述トリックというものが全く通用しない人たちがおり,〜」
自閉スペクトラム症者のことを指すか.自閉スペクトラム症者に見られる特徴として,比喩表現を比喩であるとわからないこと,つまり文章を文字通り読んでしまうことが知られている.
ここに続けて“文字通り読め”ということを繰り返し述べているところから,この見立ては十分に正当化される.
p.142, l.7「注文の多い料理店」
無論,宮沢賢治「注文の多い料理店」.
p.142, l.11-13「一つ.手を叩く音が聞こえたら,何をおいても笑い出す./二つ.その断章が全くおかしくなかったならば,一つ前の断章に戻って読み返す./三つ.こんな話につきあうのが嫌になったら,この文章を読み始める前にしていた作業へ真っ直ぐ戻る.」
本作を読むための簡単なルール.文字通り守るべきだろう.
p.143, l.6-7「これはいわゆる免責事項ということになる.」
佐々木敦が『あなたは今,この文章を読んでいる.』で定義した,パラテクストの代表例はREADMEであった.免責事項も,誰かに読まれることを前提として書かれ,そして実際に読まれるという点でパラテクストと言える.パラテクストを意図的に作中で提示していることに注意したい.
p.143, l.10「私はここで唐突に一つ手を打ち鳴らす.」
手を叩く音が聞こえたので,我々は笑い出さなくてはならず,しかも,笑うならばおかしいので,我々は次の断章に進まなければならない.最初の断章は$ \Boxとしなければならない.
p.143, l.17-p.144, l.1「今あなたの耳に,〜」
先ほどの手を叩く音が音に聞こえなかった場合への対策.読者は強制的に次の断章に進む.
2000
p.144, l.6-7「あれは僕が博士課程を修了してなんとか一度目のポスト・ドクターの口にありついていた頃の出来事〜」
ポスト・ドクターとは,博士課程を修了(博士号を取得)するか博士課程を研究指導認定退学(かつて単位取得退学と言っていたもの)した後の進路のひとつで,大学・研究所等での有期雇用のこと.略してポスドク.
民間企業への就職や大学・研究所等での無期雇用(テニュア)が確保できなかったもののアカデミアで生きていこうとする場合はポスドクを選ぶことになる.長年の勉学と研究の果てにある最終到達点ではあるのだが,ポスドクの給与は極めて低く,また有期雇用契約であるため非常に不安定な身分となっている.
研究者を志すのであれば,円城塔が日本物理学会誌に寄稿したエッセイ「ポスドクからポストポスドクへ」を読むべき.なお,同作はあくまでフィクションであり,こんな地獄がわが国に顕現しているはずがない.
私を含め,このエッセイを読んでアカデミアを諦めたものは相当いるものと思われる.
円城塔が博士課程を修了し,最初のポスドクについたのが2000年であり,文中の記述と一致していることに注意せよ.
また,各章の語り手が同一ではない可能性にも注意したい
p.145, l.7「僕自身はおそらく,あらゆる対象への好悪が薄く,〜」
他人への興味が薄く,対人関係に関する語彙が極端に少ないところから,この語り手もまた自閉スペクトラム症者である可能性が指摘される.
p.146, l.4-5「周囲からは半ばゲイ扱いをされたりもした〜」
語り手の性別が確定されているのは初期作品特有.『文字渦』以降,登場人物の性別があからさまに判断出来る作品はほぼ存在しなくなる.
p.146, l.11-12「生まれた土地から離れて学んだことは,人間以上という区分が存在すること.」
“人間以上”はシオドア・スタージョン『人間以上』を意識したものか.
p.147, l.3「通常,もし数学ができたならに続けられるのは,割り算が早くて便利そうだねとかいう,僕たちを心底滅入らせ黙らせる発言に決まっていたはず〜」
いわゆる理系の人間,特に数学科・物理学科の人間にしばしば浴びせられる言葉の代表格.“それは算数や算術であって数学ではない”などという非難が聞き入れられないことは明白であり,どう転んでも場の空気を好転させることはないので押し黙るのが最善策となる.
数学者・物理学者の大半はそのような計算は苦手であり,算術が得意なのは工学者や天文学者ではなかろうか.なお,数論を専門とする数学者や理論物理学者の一部には算術が異常に得意な者がいる.
私自身は,ひどく粗忽なところがあるので,子供の頃から一貫して算術は苦手.
p.147, l.3-5「お会計向きの足し算割り算の(中略)四千年前のパリコレで発表済みであることが知られている.」
“〜が〜であることが知られている”は数学・物理学の教科書で頻出するフレーズ.その分野で広く知られている常識を学習者に対して提示するためのお決まりの文句.証明を省略するときの常套句の一つでもある
類例としては“証明は読者の演習問題とする”,“賢明な読者諸君には既にお気づきの通り”
p.147, l.8-10「物理屋と数学者の間の溝は冥くて深く,物理屋と生物学者の間の距離は更に広い.〜」
物理屋とは物理学者が物理学者のことを指すときに使う,やや自虐の入った自称・他称.さらに細かく,実験屋と理論屋という言葉もある.
元々,仮説(理論)の構築とその実証実験は一人の科学者が一身でこなしていた.20世紀以降,物理学の急速な発展によって,理論に用いる数学と実験に用いる工作技術が極端に複雑になり,理論と実験の両立が不可能となり,実験の専門家(実験物理学者,実験屋)と理論の専門家(理論物理学者,理論屋)に別れた.理論と実験の双方で一流の業績を挙げた最後の物理学者が,エンリコ・フェルミであった.
大学の学部では,物理学科・数学科・生物学科は理学部や理工学部にまとめられているが,その内部では互いに互いを遠い存在だと思い合っている.
物理屋は数学者の数学に対して,物理学的には瑣末なところに異常に拘ってどうしようもないというような感想を抱きがち.逆に,数学者は物理屋の数学に対して,雑すぎて話にならないと思っているはず.
物理屋は生物学に対して,分子生物学や生物物理学といった形で侵略を試み,相当の成功をおさめている.これに対して生物学者からの抵抗は大きかったが,現在では分子生物学の成果は当然のものとみなされているように思う.
なお,円城塔の指導教官である金子邦彦の専門は生物物理学・理論生物学であり.研究室も生物物理学系である.
また,生物学者は物理学者を,物理学者は数学者を魔法使いだと思っているというのもその通り.生物学,物理学だけで上手くいかなかったときは魔法使いに相談に行く.
生物学:シュレーディンガーに端を発する分子生物学
物理学:リーマン幾何学を用いた一般相対論,群論を用いた量子力学
p.148, l.6-7「薄茶色をした薄い殻に囲まれて,〜」
?
マジで人間の外見描写なのか?
p.150, l.6「土斑猫.」
(生態について裏付け資料を探す)
p.152, l.17「雪片曲線.有限の面積を囲む,至る所微分不可能な線.」
コッホ雪片とも.
2001
p.153, l.11「ここに,一つの取り残された二十世紀が挟み込まれて,〜」
「Gernsback Intersection」の二十世紀.
p.154, l.5「ルシフェラーゼ」
緑色蛍光タンパク質のこと.
「緑字」,「捧ぐ緑」
p.154, l.6「キルリアン写真に念写に液体からの伝言」
疑似科学三連発.初期円城塔には,疑似科学を馬鹿にした記述が散見される.
キルリアン写真
David G. Boyers. William A. Tiller. Corona discharge photography, Journal of Applied Physics, 44(7), 1973, https://doi.org/10.1063/1.1662715
キルリアン写真への反論,キルリアン写真は湿気に超高電圧を印加したことによるプラズマ放電であるとする
念写
福来友吉, 透視と念写, 東京宝文館, 1913
念写に傾倒した東大助教授で心理学者の福来による著書.投資も念写も事実であるとする.
福来は東大の権威を傷つけたとして文官分限令に基づき休職処分となり,結果として東大・学会から追放されている.
藤教篤, 藤原咲平, 千里眼実験録, 大日本図書, 1911
東大物理学科を中心とした人物による反論書.
『水からの伝言』
江本勝, 『水からの伝言』, 波動教育社, 1999
甘羽優子、田崎晴明、菊池誠、「水からの伝言」をめぐって、日本物理学会誌、66(5)、342-346
p.154, l.9「月のチーズに夏の欠片」
前者は実在する商品名,後者はV6の楽曲名?
p.155, l.16-17「とある解説に従うならば,二十世紀は第四コーナーを曲がり損ねて,盛大にオーバーランしてクラッシュした.」
「Gernsback Intersection」の物語そのもの.
p.157, l.10-11「東には仏教的エデンがある」
東方浄土のことか?
「Gernsback Intersection」に西方浄土についての言及があったことと関連するか
p.157, l.12「我々はエデンの東にいる」
ジョン・スタインベックの長編小説『エデンの東』からか
p.157, l.15-17「ただ瓶だけが流れ着き続ける.やがて臨界数量に達することを得た瓶たちは,〜」
ウルフラムのテーゼによって,十分大きな瓶の集まりはチューリング完全となり,生命となって言葉を語り始める.
2002
p.159, l.1-2「ロリータ,我が命の光,〜」
途中まではウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』の冒頭の引用だが,最後に『三百六十五歩のマーチ』をもじったギャグになる.
p.159, l.14-p.160, l.2「当時はまだ助手と〜」
アカデミアの貧困化への皮肉.初期作品の随所に同様の記述が見える.
p.160, l.15「チューリングにお供えするなら林檎だろう」
p.162, l.13「局所的には最適解へ落ち込んでいる.」
(図示すること)
p.163, l.11「槍形吸虫」
p.165, l.7-8「彼の名を冠した,名誉に満ち溢れた賞」
チューリング賞.計算機科学において,最も名誉ある賞.
p.165, l.16「ハンバート・ハンバートのどうしようもない性癖」
ハンバート・ハンバートはナボコフ『ロリータ』の語り手.少女ロリータへの執着から小児性愛者とされる.
p.167, l.1「ベニクラゲの特性」
ベニクラゲは不老不死
Your Heads Only読書記録20260601
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